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歌謡曲に注目集まる 80年代の対照的な二大巨頭の魅力と実力

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歌謡曲に注目集まる 80年代の対照的な二大巨頭の魅力と実力

NEWSポストセブン 2016年5月30日 16時00分 (2016年5月30日 16時33分 更新)

近頃、歌謡曲に注目が集まっているという。原田知世(48才)が往年の歌謡曲をカバーしたアルバム『恋愛小説2~若葉のころ』は、オリコン週間ランキング4位(5月23日付)を記録。桑田佳祐(60才)も6月25日に「偉大なる歌謡曲に感謝」と題して番組を放送する。さらに、タワーレコード新宿店は1980年代のアイドル歌謡曲コーナーを拡張するという。
 なぜ今、歌謡曲が愛されているのか。音楽評論家の田家秀樹さんは、「当時聴いていた人たちが、思春期を懐かしむ年代になっています。歌謡曲に、みずみずしい年齢だからこそ感じられた甘酸っぱい気持ちを思い出しているのでしょう。その詞の世界と自分の体験が重なっていなくても、蘇ってくる時代の空気を味わえるのが、魅力なのでしょう」と話す。
 そこには30年という年月が変えた私たちと日本社会の彼我がある。学生や初々しい社会人で、根拠もなく明るい未来が待っていると信じられたあの頃。その頃聴いていた歌謡曲が私たちを当時に引き戻し、力を与えてくれるのだ。
 都内在住の田中久美子さん(仮名・53才)は、今でも松田聖子(54才)の『赤いスイートピー』を聴くと、初デートの情景がありありとよみがえると言う。
「鎌倉へ行って、江ノ電に乗って。電車に揺られているうちにうとうとして、気づいたら彼の肩に寄りかかって寝ていました。年上の彼の服からはあの歌詞のように、ちょっとだけたばこのにおいがして、まだ10代だった私はドキドキしてしまいました」
 神奈川県の陣内仁美さん(仮名・54才)は、チェッカーズの『ギザギザハートの子守唄』が弟のかつての姿に重なると話す。
「4つ年下の弟は高校生のとき、結構ワルかったんです。制服は長ランを着ていたし、けんかはするし家出をするし。そのたびに家の空気が張り詰めて、雰囲気が悪くなっていました。その時のことを思い出すと、頭の中で必ず流れるのがこの曲。当時“弟のことみたいだな”と思って聴いていたからでしょうね」
 それぞれの胸に思い出の一曲を刻んだ80年代はアイドルによる歌謡曲があふれた時代だった。80年に松田聖子、田原俊彦(55才)、近藤真彦が歌手デビュー。1982年には中森明菜(50才)、小泉今日子(50才)が続き、アイドルブームを巻き起こしていく。その中でも別格だったのが聖子と明菜だ。当時の中高生は、聖子派と明菜派とに二分されていた。放課後になれば、教壇をステージに彼女たちの歌を歌う。それが何より楽しかった。
 並み居るアイドルのなかでも、なぜ、この2人だったのか。音楽プロデューサーの酒井政利さんは「聖子は幸福を演じ、明菜は孤独を演じていました。対照的な2人がいたから互いに触発し合い、時代の流れを色濃くしたのだと思う」と言う。
 聖子は1980年に『裸足の季節』でデビュー後、『青い珊瑚礁』『SWEET MEMORIES』などをヒットさせ、街には聖子ちゃんカットがあふれた。今も当時の彼女の歌は、カラオケで人気だ。色あせない魅力は、まず声。前出の田家さんによると「青春とはこういうことなんだと気づかせる」伸びやかな声が、歌詞にマッチした。
聖子の初期の歌の多くの歌詞は、松本隆が手がけている。
「松本さんの詞は、叙情詩です。詞からは情景が浮かび、そこに物語が見えてくる。歌詞がまるで一緒のドラマのようなのです」(田家さん)
 だから今でも、熱心に聴いていた当時の空気をリアルに、瞬時に思い出せるのだ。
 それを表現しきる力が、聖子にはあった。彼女を発掘したプロデューサーの若松宗雄さんは「彼女は感受性が強くて表現力が豊か。勘の良さも天才的でした」と、惚れ込んだ理由を明かす。「新曲でも、2、3回聴かせると『大体わかりました』と言って、歌える。すぐにこちらを『そうそう、それそれ』と納得させるレベルでした」と話す。
 アイドルとして全盛を極めた聖子は、郷ひろみ(60才)との恋愛や、神田正輝(65才)との結婚そして離婚など、スキャンダルでも注目されながら、松田聖子という人生を切り開いた。
 その聖子と何かと比べられていたのが、明菜だ。聖子がデビューした翌年の1981年、『スター誕生!』(日本テレビ)を勝ち抜いて、1982年に『スローモーション』でデビューした。
 デビュー当時をよく知る明菜の元プロデューサー・小田洋雄さんは「表現力がずば抜けていて、聴いている方は鳥肌が立つくらいでした。それから、振り付けや衣装も自分で決めたがった。自分流でやろうとしていました」と話す。
 演じるように歌う明菜は多くのファンの心をつかみ、1985年の『ミ・アモーレ』、1986年の『DESIRE-情熱-』で2年連続して日本レコード大賞を受賞した。どちらも明菜の代表曲だが、歌っているときのヘアスタイルもメイクもまったく違う。その変貌ぶりは、明菜のセルフプロデュース力を強く印象づけるものだった。
※女性セブン2016年6月9・16日号